小説 タイトル:僕は一体何者だ④

亮介は車を運転しながら、倍也の他愛もない話を聞いている。スマホのミュージックアプリから流れるbump of chikenの音楽と、倍也の他愛のない話がBGMと化しながら、大学の試験のことを考えている。

 

黒岩亮介は両親共働きの家庭に、3人兄弟の長男として生まれた。小さい頃から運動神経が良かった。身長もわりと高い方だったし、高校までバスケットボール部だったため、わりと筋肉質な身体をしている。中学生の頃は何度か告白されたりもしたが、付き合うということがよくわからなかったので全て断ってきた。一度だけ、自分から告白をし、オッケーを貰って付き合ったことがある。

 

同じクラスのバレー部の女の子。塚田藍那のことである。藍那は目鼻立ちがくっきりしており、学校内でも可愛い子だと評判の女の子だった。修学旅行の夜にありがちな会話の一つである、「このクラスで可愛いと思う子順番に言っていこうぜ」といった会話では決まって話題に上がるほどの容姿ではあった。

 

藍那が亮介に対して好意を抱いているという噂が流れていることを、同じクラスの友達から聞かされた。友達が「亮介、告白してみろよ。多分塚田と付き合えるぞ。」といった言葉にけしかけられ、中学生特有の恋愛に対して未知の部分で溢れ出ていた空気感も相極まり、亮介は藍那に告白をした。それだけである。

 

「そういや、今年の夏も彼女出来ないまま終わるのかなあ」

 

亮介がふと呟く。倍也がすぐさまレスポンスを返す。

 

「そのために合コンを開くわけじゃん。合コンで付き合えるかもよ。亮介、容姿は良い方だと思うし、ファッションセンス悪くないし、運動神経だっていいし。」

 

「運動神経は関係ないだろ?」

 

亮介が答える。確かに、大学生の恋愛となると運動神経はそこまで関係ない。

 

「大体俺女の子とうまく話せる自信ないしな~」

 

亮介が続けざまに右に急ハンドルを切りながら、こう答える。

 

「やってみないとわからんやん。話せるか話せないかなんて、行ってみないとわからんやん。合コンの反省会と違うんやで。ここは」

 

倍也から返答が来る。倍也はこういう時妙にポジティブだ。主催者としての余裕なのか。きっとそうだ。

小説 タイトル:僕は一体何者だ③

時刻は16時40分、帰りのバスを待つ大学生でごった返す学生を見ながら、少しだけ勝ち誇った気分を抱きながら、学内の駐車場に向かって、亮介と倍也は歩いていく。サークル活動など二人とも最初はしていたが、すぐに幽霊部員になったので、サークル活動なぞしていない。サークルでキャッキャ盛り上がる男女のグループから少しだけ目を逸らしながら、倍也は亮介に話しかけた。

 

「合コン、どうなったの?女の子ほんまに来てくれるの?」

 

倍也には1年弱の付き合いで何故亮介に彼女が出来ないのかわかった気がする。亮介が女性には奥手なことと、所謂面食いな一面があるからである。あー彼女欲しいなー、今年の夏は女の子と過ごしたいな~と続けざまに独り言を言う亮介の横顔を見ながら冷静に分析する。沈着ぶってる倍也だって大学生になってから彼女が出来たことはないのだが。

 

「今、幹事の美由紀に連絡している所だから、美由紀に女の子呼んでもらってるところ、だからもう少し待っててほしい。美由紀から時期に連絡が来ると思うから。」

 

倍也が返答する。美由紀とは倍也の幼馴染のことである。親同士の仲が良く、幼稚園に入る前から双子の兄弟のように育ってきた間柄である。高校生の頃から、めっきりと会話が減ってきたが、女子大に進学したため出会いがないと嘆く美由紀と工学部のため、女性が少なく出会いがないと嘆く2人の需要と供給が一致した結果、合コンが開かれることになろうとしている。

 

「でも、お前可愛い子がいいんだろ?可愛い子って大体イケメンの彼氏いるじゃん。それが女子大生ってものじゃん。」

 

倍也が亮介に言う。亮介が答える。

 

「可愛い子がいいのは当たり前だろ。どうしてもってわけじゃないけど、可愛いか可愛くないかなら可愛い方がいいに決まってる。とにかく、合コン頼んだぞ。俺の夏がかかってるんだよ」

 

「だったらイケメンの彼氏から奪えばいいじゃん」

 

「お前、それ最低だぞ。」

 

倍也のブラックジョークに亮介が笑いながら答える。倍也は時々こういったブラックジョークを言う癖がある。人によってはたとえ冗談だとしても不誠実だと取られかねない言葉だが、亮介はまたかって表情をしながらいつも受け流す。倍也もまた、そんな亮介の懐の深い一面が友達として好きだったりする。

 

赤い軽自動車の前に着く。亮介が車のドアのロックを解除し、運転席に乗り込む。それを確認しながら、倍也がもう一方のドアを開けて、運転席の隣に乗り込む。時間は午後17時、季節が7月だということもあり、まだまだ夕日が沈む気配もない。外は明るい。

 

小説 タイトル:僕は一体何者だ②

月曜日の朝、大学は決まって憂鬱だ。興味のない専攻内容の授業をこなす。大卒の肩書を得る義務作業でしかない。こんなことを言ったら、専攻内容に興味を持って大学生活を送っているクラスメイトに失礼だ。大体、興味がないなら大学を辞めてしまえばいい。他ならぬ両親が稼いだお金で大学に行ってるのだ。親の気持ちは考えたことがあるのか?

 

大学ではいつも通り、黒岩亮介と講義を受ける。亮介とは1年近くの仲だ。亮介とは英語の再履修の講義で1年の秋学期に仲良くなった。亮介はいつものように講義を聞かずソシャゲをしている。専攻内容への興味は薄いようだ。相変わらず、大学とバイトと趣味のバスケットボールとの生活を送っている。専攻内容への興味が強く感じられないという点で、亮介と倍也は気が合った。倍也は講義を聞くために、ノートを開いた。白板の文字を写す。まるで暗号みたいだ。こんなことするために大学に行ったわけではない。そんな思いを飲み込みながら、タスクをこなすかのような気持ちでノートを写す。

 

「後でノート見せてくれへん?」

亮介が倍也に尋ねる。いつものことだ。亮介は倍也がなんだかんだでノートを取る性格であることを知っているからか、ノートを取らない。そもそも授業を聞かない。出席はするが、決まってソシャゲに目を移している。

 

「いいよ、全然。あ、今日も送ってくれたりするかな?」

倍也が返答する。亮介は家に車が2台あるわけだが、1台は父親が職場に行くのに使い、1台は家族兼用の車となっている。亮介は弟が高校2年生で、妹が中学2年生なこともあり、更に母親は職場から自宅まで電車で通勤しているため、1台の車は事実上亮介の所有物となっている。いつものことだ。

 

倍也は亮介のことが友達として好きだった。多少の礼節をわきまえながら、気を遣わず何でも話せる関係でいられたからだ。

 

講義を終えるチャイムが鳴った。亮介もソシャゲの画面を閉じて、ノートを写すことに専念している。そして、講義の終わりに必ず行う練習問題を解く。倍也から写させてもらったノートを見ながら、そして倍也が解いた回答も早書きで写している。

 

なんだかんだで真面目な一面もあるのが、倍也の性質かもしれない。確かに提出物の期限は守る学生なわけだし、授業はわりと昔から真面目に受ける一面もある。専攻内容に対する意欲は失ったものの、最低限は守りながら生きている。

小説 タイトル:僕は一体何者だ

辞めたくても辞められない煙草に火をつけ、煙を吸い込んで吐き出しながら、一人暮らししているアパートから歩いて5分もかからぬコンビニの喫煙所の前で、今日も同じように夜空を見上げる。

 

時刻は23時30分過ぎ、23時までの飲食店でのアルバイトを終えて帰宅してい最中のこと。自転車で10分のバイト先から自宅までの距離の途中にあるコンビニに自転車を止め、こうやって煙草を1本吸うのは、大学2年生になった、十勝倍也(20歳)の習慣である。

 

「どうしてこうなったんだろう?」夜空を見上げながら、倍也が心の中で思いを巡らすのは一度や二度のことではない。勉強もスポーツも対人関係も何をやってもわりかし上手くいった、高校時代。第一志望の国立大学にも現役で合格した。念願の一人暮らしも、国立大学の学費の安さのお陰で可能になった。恵まれた環境にいる、それなのにどうして…?

 

幾度となく自問自答した人生への憂鬱感に対する回答はもう既知の事実として存在している。しかし、気を許すと幾度となく自分に訪ねてしまう。自分でもそんな自分への特性が理解できない。ただ、わかりきってることは大学の専攻内容への興味が持てない。ということにある。

 

大学では工学部に進学した。工学部に決めた主体的な理由はない。数学が得意だった。他の科目も苦手ではなかった。理系から文系に移るのは簡単だし、理系の方が就職に有利だという暗号のような噂話を幾度となく聞いていたため、高校時代は気付いたら理系クラスにいた。

 

理系の勉強は難しかったが、受験生活の今さえ頑張れば良いと割り切った。高校まで勉強は好きな方だった。昨日解けなかった問題が解けるようになったりすること、進学校だったこともあり、友達とテストの点数を競い合ったりもした。それらの何気ない日々が楽しくて、高校生活は光のような速さで大学生活へと形を変えた